このような日々

憂鬱と付き合う

まず、私の理性がおでこのあたりにあるのだとしよう。なぜならなんとなくそういう感じがするからである。 私の場合だが、真面目にものごとを考えているときは完全に頭に意識がいって、手だの足だのはぶらぶらと持て余す感じになる。

で、あるとして、私の感情は、喉から鎖骨と肋骨の上部あたり、そして少し離れた臍の下から骨盤にかけて、薄く皮膚の裏側の空洞にガスのように溜まっているのだろうと思う。そして憂鬱なときというのは、ずっとそこに薄ら濁った灰色のヘリウムがいっぱいに溜まっており、それが膨れて浮き上がり破裂してしまいそうな感覚になる。

むろんこれは比喩にすぎない。が、大学に入学してからというものの、私は定期的にそういう憂鬱を抱えている。

4月からこっちはおよそ1ヶ月半と少しばかりの周期で安定しており、いやこれは安定しているというのか不安定であるというのか、とにかく思いきり憂鬱になったり回復したりを繰り返しているのである。

しかし憂鬱になるといってもわかりやすく生活に影響が出るわけではなくて、特に他人がいるときはそれを全く意識せずに済む。 ならば具体的な症状は何なのかというと、例えば自分の録音が下手くそに聞こえすぎて居ても立っても居られなくなるとか、この電車に乗り遅れたら遅刻が確定するというときにうまく走れないとか、授業に10分遅刻して教室の前まで来たのにドアを開けられなくて自習スペースで暇を潰してしまうとか、特に美味しいと思っていなくても開けたお菓子を空になるまで食べ続けてしまうとか、本気になれば5分で終わるタスクをやらなきゃやらなきゃと思いつつ3時間も4時間も体が動かないとか。そういう微妙かつ原因もよくわからないラインのやつである。

なのでこれを憂鬱と称するべきなのかも分からない。が、自分の心が今私は憂鬱ですなどと教えてくれるわけではない。私の身体も心も、一番大切なことは何も教えてくれない。何かあるごとにいちいちお伺いを立ててやらなければうまくいかない。20年一緒にいるのだからもちろん愛着はあるが、当たり前に煩わしさもある。

とりあえずよくないものであるのは確かなので、一番違和感がない表現を探し、今のところはそこに憂鬱という単語を嵌めている。 心身が何かしら軋んでいるときにはこういう症状が出る、というところまでは長い時間をかけてなんとなく分かってきた。ので、自分は今調子が良くないのだということをだんだん自覚できるようになった。

まあ確かに自覚することは大切である。けれども、だからといってただちに有効な対策が打てるわけでは全くない。

そのせいで、というと言い訳がましくなるが、学期の後半はやはりしだいに授業に行けないことが増えて、出せない課題も増えて、気持ち的にはやべーと思っていろいろ策を講じていたのだが、まあどうにもならなかった。

サークルとバイトは休むと人に迷惑がかかるのでわりと無理やりにでも起きて行くが、授業に関しては行かなくて困るのは自分だけなので軽率に行けなくなってしまうのである。

なんとかよいこらせと地を這いずりながらテストをどうにか乗り越えて、本当にぎりぎり必要最低限はクリアしたかな……という手応え。幸いにして去年頑張っていたので単位数にはわりかし余裕がある。まあ生きていればこういうこともあるね。来期までにはどうにかしましょう。

傾向と対策

不調なとき、どうにか持ち直そうとして試し、その中でもそれなりに有用だったものたち。

日記をつける

6月半ば、カビが生えて腐り果てそうだった自分がぎりぎり踏みとどまったのは明らかにこいつのおかげ。 日記といってもただのルーズリーフとバインダーと付箋である。やってることとしてはバレットジャーナルに近い。

別に媒体はなんでもよくて、重要なのは、一日にやることと行くところとちょっとした楽しみを全部先に決めておいて、それを粛々と実行する機械になることである。

予定ががっつり詰まっている状態において、かろうじて空いた時間を使ってやるべきことをその場で臨機応変にこなそうとすると、そこでダラダラせず頑張ろうとする精神力よりもタスク量のほうが明らかに多いので、頭がパンクして全てをほったらかし別に休まるわけではない休息に専念してしまい、結果その時間でできたはずのことにも手がつかない。

これは本当に最悪の事態であるので、余計なエネルギーと時間の消費を防ぎつつできるだけ健全に生活を回していくために有効な手段だった。

優先順位的には課題やらサークルのあれこれやらがもちろん上なので、読みたい本も観たい映画も溜まっていくばかりである。 時間は限られているんだからやりたいことはどんどん消化していかないとあっという間に寿命が来てしまう。のでやりたいことは上から順にひたすら潰していかなければならない。どうでもいいショート動画を見て時間を溶かしている場合ではないのである。

ルーチンタイマー

アプリ。事前に設定した手順に従って作業を終わらせることができる。入浴と朝の身支度において重宝している。 これも先ほどと同じく、やることを決めるという人間らしい面倒な作業をすっ飛ばしてただ決めたことをこなす機械になれる。

あと身支度にかかる時間の読みに失敗することが多くて、時間通りに余裕を持って家を出られないことはすなわち遅刻につながり、しんどいときというのは遅刻しながら頑張って急ぎ行く気力すらなくしてしまうため、準備を余裕を持って終わらせることが本当に非常にものすごく重要なのである。

ただ問題は、一番しんどいときはこれを起動してスイッチを押すのすらしんどいということである。ある程度元気だが動けないというときに使う。

ストレッチ

身体を伸ばすと血流が良くなって動きやすくなることに気づいた。←今? 伸ばした感があれば別になんでもいいのでYoutubeで適当に検索して見つけたチャンネルを適当に回している。

部屋を片付ける

部屋がきれいだと何がいいかって気が散らない。疲れているとき、視界に入る情報量が多いとそれだけで頭がぱーんとなって全てを投げ出し寝そべってスマホを見て時間を溶かしてしまう。机が綺麗だと課題をやる気になることに気づいた。←今?

ラジオ

人間が喋っている音声であればYoutubeでもポッドキャストでもなんでもよい。 寝る前や作業中に、無音だとよけいなことを考えて何もできなくなってしまうが、音楽だと歌いたくなるしそちらに意識が持ってかれる、環境音は気分が上がらないということで、ある程度脳のリソースを使ってくれるがほどよく無視できる音が欲しくてラジオに辿り着いた。私は耳からの情報処理が非常に苦手なので、ラジオを人の話としてではなく、文字通り音として処理している。